”アメリカ大学院入学はインターンで確実に”ではインターンの話を少しして、どれだけ大事であるかは多少わかってもらえたと思います。
今日は僕のインターン体験談です。
初めに言っておきますが、日本人でアメリカ大学(院)へ入学して、語学のハンデがありながら、またビザのハンデもありながら、インターンにつくことはかなりの至難の技であることを覚悟してください。(泣)
ところが、”人間成せば成る、成さねば成らぬ、何事も”という格言はここでも生きてきます。
コロラド州ボウルダー市の近くにはIBMのオフィスがあります。コロラド大学の近くです。
僕がアメリカ大学生であった当時は、このIBMで卒業後にすぐ働くようになれるためには、インターンをこのIBMで以前にしたことがないと、8割がたの確率で働けないと言う情報がありました。言い換えると、IBMは80%以上の確率で以前にインターンをしていた大学生を雇うと言うことでした。
僕の場合は卒業直前に2重専攻のため、ビジネス系とコンピューターサイエンス系の両方のクラスと取っていました。
これは、ホントに卒業直前のクラスだったので、普通ではもう就職が決まっている状態であると思いますが、ビジネスのクラスと
コンピューターサイエンスではかなりの違いがあったと覚えています。
ビジネスのクラスでは知り合いの友人がかなりいましたが、このクラス30人くらいの中で就職が100%決まっていたのはごく数人だったと思います。中には、まだ就職先を探し中だとか、そのうち考えるだとか、結構ノンキな人も多かったです。
コンピューターサイエンスのクラスではこの時期にクラスの半数以上が就職先がもうすでに決まっていました。もちろん、エンジニア系の人なら誰でも知っているような大会社ばっかりでした。
これから考えると、ビジネスを専攻する人は数自体がかなり多いのですが、就職時にコンピューターサイエンス系に比べると”苦労するのかなとも思えました。
この就職関係の話はまた後にするとして、インターンの体験談に入りましょう。
コロラド大学ボウルダー校ではインターンのオフィスがあり、毎日インターンの職が専攻ごとにフォルダーに入って、生徒が見ることができました。
基本的に履歴書を自分で作って(履歴書のアドバイスクラスも確かあったと思う)、いろいろな職に履歴書を送るわけです。
最初のインターンの職に就くのは至難の技です。
というのは、以前の仕事経験もなく、英語のハンデもあり、いいことないからですね。
僕の場合は50通くらい履歴書を送ったと思います。
時間にして、軽く6ヶ月は何の本格的な連絡はこれらの職からきませんでした。(汗)
僕の場合はアメリカ大学3年生の時から、このインターン探しを始めました。友達の一人で(アメリカ人でしたが)、メカニカルエンジニアの学士号をもっているのに、仕事にありつけなくて、コンピューターサイエンスの学士号を取りに学校に戻ってきていた友人から早めにインターンをやっておいたほうがいいとアドバイスをもらったからでした。
アメリカ人でエンジニア系の学士号があっても仕事にありつけなかったと聞いたときは、僕ははっきり言ってあせりました。。。日本人の僕に仕事が見つかるかと。
また、航空宇宙学の学士号があり、コンピューターサイエンスの学士号を取りに戻ってきていた友人も、航空宇宙学も仕事を探すのがとても難しいと言っていました。
そして、半年くらいたった後、やっと最初のインターンにありつけることがありました。
最初はタダ働きでした。給料なしです。。。
それでも、3ヶ月位したあとに最低労働額をもらえるようになりました。Minimum Wageというやつで、コロラド州の法律で最低でも時間給これだけはらわなければならない金額です。数字的にはかなり前の話なので、よく覚えていませんが、時間給4ドルちょっとだったと思います。
僕としては最初のインターンであるから、タダでも、少しもらえても、どうでもいいと思いました。とりあえず、インターンの経験がほしかったです。
このインターンの仕事はボウルダー図書館にある、図書委員の人の、主にウェブサイト関係の手伝いでした。
そのころからHTMLやウェブサイトを作る上で必要なプログラミング言語を習い始めました。
コンピューターサイエンス系のクラスでやる、C、C++などの複雑言語に比べるとHTMLはとても簡単に思えたことを覚えています。
この最初の図書館でのインターンの後、僕はデンバー市内にあるルーセントテクノロジーでインターンをすることになります。アメリカ大学4年のときです。ルーセントテクノロジーはこのころちょうどAT&Tから分裂したときで、このインターンの職はルーセントテクノロジーのコンサルタントの手伝いでした。たいしたことはやっていなかったのですが、月に大学生の分際で2千ドルほど給料を頂いてました。インターンを探し始めた1年前に比べるとホントにひっくり返るような金額でした。
これから、あと何ステップを置いて、卒業直後にコロラドスプリングスでフルタイムの仕事に就くわけですが、覚えていてほしいのは、インターンを始めるのがいかに大変かと言うことです。
僕の場合はこのころすでにグリーンカードを持っていたので、法的に働く問題はありませんでした。しかし、それでも最初のインターンに食いつけるまでにはかなりの苦労がありました。
ほんの数人のコロラド大学ボウルダー校の日本人の中には(多分一人か二人)グリーンカードなしにインターンをやっていた人もいたので、学生ビザで働くことも可能だと思います。
次回はこのインターンの続きと最初のフルタイムの仕事に就けるまでを紹介します。
皆さんもがんばってください。